324円の割引マヨネーズは面白いほど最近買ったマスキングテープで木に吊るされたビニール袋の意思が乗り込む

2018/01/08 黙ってられなかったので打ち消し線引いとく
 正月から論争になっている、年末番組での芸能人の顔の黒塗り演出についてちょろっとここに書いておく。自分自身での意見発信自体はブコメでさんざん書いてる(自分はこの辺の論争で最も早くコメントを書いたブックマーカーの一人だった)ので、今更その辺をもう一度書く気はないんだけど、それとは別に一連のブックマークでの論争での不満をここに残しておく。

Baye McNeilさんのツイート: "日本は好きだ。13年住んだし、日本に良いことが起きるように祈ってる。2020年オリンピックで黒人アスリートのためにブラックフェイスのドゥーワップをやらかす

これ、欧米圏の黒人にとっては歴史的背景を持った黒人差別の象徴的行為(ミンストレルショーの「ジム・クロウ」)なんだけど知らない人多いよなあ。差別の意図がないからこそ逆に深刻

2018/01/01 15:20
b.hatena.ne.jp


 自分はもともと、どちらの側にも立とうとしてなかったし、今でも心境はそれほど変わりない。件の番組での黒塗りには、実際にアフリカ系黒人がどう思ったにせよ、日本人から見ればまったく差別的な意図を持っていないものであることは明らかだったし、それと同時に、差別の意図無く成された顔を黒く塗る、という行為に単なる行為それだけに留まらない負の歴史的、文化的な意味があることもよく理解していた。
 だから自分は、この顔を黒く塗る行為にかかっている歴史的事実や有色人種差別の根深さというものを、まだそれを知らない人たちが知りさえすれば、その根本的な解決までは図られなくとも、少なくとも何かしらの相互理解は生まれるはずだと思っていた。こうした考えがあったからこそ自分は一貫してその手の記事では「とても重い歴史がある」と書いていたし、またそうしたコメントには賛同の(と思われる)スターも集まった。

 けれど、残念なことに日が経つに従ってこの問題が前に進んだかというと、そうではなかった。
 この論争で先頭に立ってものを申した人――それが発信者への批難者であるにせよ、擁護者であるにせよ――そのほとんどが、結局のところ黒人をはじめとする有色人種がアメリカでどれだけ非人道的な扱いを受けてきたのか、ミンストレル・ショーとはなんなのか、公民権運動で撤廃が目指されたジム・クロウ法の「ジム・クロウ」とは何なのかといった、黒人の歴史に附随している「顔を黒く塗る行為」の持つ意味や、なぜこれを「過去の因習」で終わらせることが出来ないのかといったことを知ろうとしていなかった。それどころか、はじめからそんな歴史など存在していないような体でコメントをする人さえあちこちに見られた。コメント欄で槍玉に挙げられるのは概して表現規制ポリティカル・コレクトネスといった誤った、決して正当とは言えない文脈ばかりで、コメントの内容も「反差別という名の差別」「思いつきで傷ついたと言えばなんでも差別になると思うな」という当初と変わらない感情的な態度とお題目的な物言いばかり。そうでなければそうした人間に対する無理解な「差別主義者」のレッテル貼りだった。

 自分の一連のコメントを見た人間のほとんどが、わざわざWikipediaやその手の辞書サイト、解説サイトにアクセスして「ミンストレル・ショー」や「ジム・クロウ法」や「公民権運動」と検索窓に打ち込む気にまでなれなかったのまでは理解する。けれども、ハフポストやBBCの記事で「笑えない歴史があった」とはっきり書かれているのにも関わらず、一向にそうした点が顧りみられなかったのは本当に残念だったし、こうした「知ったこっちゃない」の態度で黙殺されたり、或いは理解を示すような振りをしてポリティカル・コレクトネス関連の論争での自説へ延長を図り、結果として本来発生する必要のない論争が新たに生産されている光景は、もはや恐ろしくさえ思えた。

 ただ知らないだけであれば罪はない。知らないことが分かれば知ることができるし、知ることが出来れば相手に対して敬意も生まれてくる。ただ、知らないことを知った上で、知ったことではないと跳ね除けることが是とされてしまうのなら、問題がより良い方向に進ませることも、異なる意見の持ち主との相互理解も生まれない。それどころか、ただの議論さえ成り立たなくなるだろう。



 はい、終わり。なんか無意味にすり減ってきたからまたしばらくブックマークにコメントつけるのはやめておくかなあ。学校、会社、恋人、友人相手ならいざ知らず、ネットで一人で勝手にすり減るとか不毛以外の何物でもないしね。
 あとひとつついでに書いておくんだけど、この論争でその界隈ではネット右翼との呼び声高い鍵画像アイコンの某氏が、ちゃんとミンストレルショーや公民権運動関連の史実を踏まえた上で「日本人にはそれに付き合う義理がない」とコメントを書いていて、これはなかなか好印象だった。それが自分と同じ意見であれ、自分と異なる意見であれ、必要な知識と必要な論理に沿って意見を発しようという態度さえあれば常に議論は前に進む。それがなければ、それが自分への同調者であれ、長期的には議論を陳腐にさせる要因になる。
 とりあえず五輪までに何かしらの解決を見ることを期待する。

 こんなところでこんな変な題の記事とか書いてる場合じゃないんだけどなあ。はートンブクトゥトンブクトゥ